もういっそ大学は教育機関じゃなく研究機関って言えばいい

(下に追記 09.2.23.)

聞くところによると、各地の大学に「修士課程の学生数絞りこみのお達し」がお上から来ている*1ようで。流れはよくわかりませんが、教育に重きをおいて(?)修士学生の質を維持することと、学生が他大学の修士課程に進学することを推進して人材を流動化させるのが狙いみたい。要は修士課程の定員を削減したい、ということです。猫の手も借りたい研究室にしてみればとんでもない話でしょうが、うちみたいなビンボーラボにとっては研究費とテーマの選択・集中ができていいかもしれません。人材(労働力?)が流動化することに関しても、色々な情報交換が活性化されていいんじゃないかと思います。個人的にはそうするべきように感じています。やる気ないけど何となく進学、という人ばかりでは困るし。

・・・が、問題は、いつから定員を削減するかなど、話の経過が一切学生に下りていないことです。僕の所属しているところの場合、学部生(今3年生の子など、これから研究室に配属されてしまう学生)は大抵大学院志望の子が進振のときに来ますから、就職活動をしている学生がヒジョーに少ない。いざ大学院の定員削減が決定したときには、学生はどうすればいいのでしょう??会議決定された頃にはきっと春過ぎてるでしょうから、それまでまとまった話もなく慌てた学生が他大学のラボに「就学活動」したり、飽和した就活戦線に今更飛び込む状況が目に浮かびます。執行の年に運悪く学生だったら、無職で卒業も大いにありえます。


決定するまでは通知できない=会議ありき な大人の事情で学生を弄ぶのは、教育機関として本末転倒ではないでしょうか。今日、大学院重点化やポスドクうん万人計画が事実上失敗に終わっているのは周知のことですが、今回の修士課程の人数絞込みにおいては、計画段階で事前に学生にアナウンスすべきと思いました。それでも修士課程に進学したい、研究したいって学生を選抜できたほうが大学側にとってもいいような気がします*2し。その場合、学部生は必ずしも研究室に所属しなくていい(=教養として幅広く専門的な学びをする。文系のゼミみたいなものかな)、という形もあってよいのかもと思います。

もしそうできないなら、ここらでいっそ、大学はもはや教育機関ではなくて研究機関だと宣言してしまい、自力でサバイブできる猛者だけをスクリーニングする感じでマッチョにやっていくかだと思います。その場合、ドクターの屍どころか学部生の屍がごろごろになりそうですが・・・


また、いかに事前の通知があろうとも定員の削減なんて勝手すぎる!という意見にも違和感を感じます。実際、研究室の「なかのひと」である僕が見ても、運営者(教授・准教授あたり)は雑務が忙しすぎて教育どころではなさそうです。正直研究者にも見えないことのほうが多い気がし、そんな教員を責めるのもおかしいと感じています。本当におかしいのは、大学の研究・教育をとりまくシステムとか、学生には見えない部分のほうなのかもしれません。


[追記]こんなのもみつけた。

http://anond.hatelabo.jp/20090222224732

な ん と 。かなり強烈なところもあるのかもしれないですね。動物の世話で休みがないのは確かだけれど、基本的なところは自分でできないとなー、とも思います。これは極端な例だとは思いますが、動物扱うのはしんどい、というヒトには確かに向いてないと言えるでしょう。でも、生命科学系のラボにはあまりに暗い話が多すぎて、「生物を解く」楽しみを追究したい!ってヒトが今後減ってしまうのも、なんかさみしいですね・・・。

*1:小耳に挟んだ。ただの噂かもしれない。

*2:そもそも学生数が問題なら、大学入試の時点でもっと選抜すべき