年度頭、3年目と都知事選

社会人=企業研究員生活も3年目に突入。今年度は担当するプロジェクトがひとつの節目を迎えることもあり、昨年度にもましてスケジュールが山積み。加えて、東日本大震災による福島原発の事故が業務を直撃、実質的には昨年度の半分程度の資源・時間的制約のなかでの業務推進が必要となる。まさに非常事態だが、各人の真価が問われるよい機会でもあると考え、成長の糧としたいところ。


震災対応のさなかに行われた都知事選、候補者のこれでもかという災害対策強調に食傷。エネルギー問題についても、原発・非原発の二項対立では話にならないのでは。と思いながら4月頭よりイタリア旅行へ。イタリアでは、福島原発事故の報じられ方がかなり日本のものと異なる印象。なにが正しい情報なのか結局わからず、本来信頼されるべきソースが信頼できないことを再確認。帰国に際して石原都知事の再選を知り、現在に至る。


時差ぼけ対応で今日はお休み。明日から気持ちも新たに仕事しよう!!

学生時代にやっておきたかったこと

おっちゃん世代(30後半〜40後半)とお酒を飲みに行くと、時間を遡れたならばいつに戻りたいか?って話によくなります。多くの人は、学生時代(それも大学生)に戻りたいって答えます。理由はきっとひとそれぞれで、好きなことを学ぶことが許されたり、好き放題遊べたり、講義を受けずにバイトや部活に明け暮れたり、海外旅行に行きまくったり、そんなことをできたから。こういった話を聞くと、特に誰かから強制されることなく、自分の時間を自分の意志で自在に使える期間=学生時代だから皆戻りたいと思うのかなと想像します。ノーリスク(=自己責任)でなんでもできる無敵期間って、考えてみると学生時代だけ。一度社会に出てしまうと、色々やりにくいこともあると実感します。


その一例として転職があるかもしれません。一度社会に出てしまうと、結構難しそう(特に日本では)。家族を持ったりした日には、転職に対するハードルは一層高くなると思います。一方学生時代であれば、〜大の学生という身分は卒業しない限り保障されるから、興味ある業界に入り込んでその世界を垣間見るには格好の期間となると思います。新進気鋭のベンチャー(だけど、実際何してるのか世間的にはさっぱりわかんない)にインターンいったりしたら、貴重な経験ができるかもしれない。なぜかすごい売上をあげることができたり、会社が突然潰れたり、そういう体験をすることが、将来何かに活きてくるかもしれない。独立志向の強かった友人の中にはベンチャーでバイトって人、いました。彼はもうすぐ勤め人を卒業し、独立するそう。


もうひとつ、社会に出るとなかなかできないのは海外旅行。まとまった長期休暇はそうそう取れません。学生時代にアメリカみたいにバカンスが定着したらいいのに。。。興味のある国には早めに行っておくといいよねと思います。異文化に触れる、くらいならまだしも、どっぷりつかる(1ヶ月とか)のは仕事始めたら、海外勤務以外ではほぼ無理。


ということで、ぼくが学生時代にやっておきたかったことは「転職」と「海外旅行」の2つですというお話でした。来月はそのうちひとつの海外旅行(初欧州)に行ってきます。

キャリアについて考えよう 2 年目終盤編

そろそろ期末面談があり、上司様に評定を下されるのですが、その際にキャリアプラン面談がセットになっています。あくまで本人の希望ベースでヒアリングが行われるといった内容であり、うちの職場では中期的な目標・希望をまとめて資料を提出することが義務付けられています。


私は、入社当初、まず研究員としてプロジェクト推進に貢献できる(ようになる)こと、自主的にテーマを展開させられるようになること、ゼミをつかって新規課題を提案することを個人的な目標として設定していました。2 年間「研究員としての自分をいかに成長させるか」を最優先に考えていました。論文博士あるいは社会人博士課程を見据えた活動がある程度許容される、という職場の雰囲気(というか上司)も、上記目標達成に対する大きなインセンティブの一つでした。基本的には、この目標設定は間違っていなかったと思っています。では向こう10年(30半ばまで)は何を目標に据えればよいのか。そう考えたとき、研究所にいることが良い選択なのか、わからなくなってきました。


研究の職場では、職位が上がっても本質的には仕事内容は変わらないと思っています。ヒラ研究員と偉い研究員(研究責任者)の違いは、PJの維持管理・推進のために、書類と人間関係の調整に多くの時間を割かざるを得ないことと、数多の会議に召集されること(それに伴って発表資料作成や発表といった付随業務も積みあがる)など。それに伴い、偉い人の研究員感はどんどん削がれていきます。上司の姿を見ていると、身内で作ったシステムや制度がかくもややこしくて、がんじがらめにされるものなのかと愕然とします。優秀なはずの研究員がそこらじゅうで死にまくっている、そんな風景が広がってます。勿体無いと思うし、仮に研究所に残って「しまった」場合、自分の将来もそんな感じかもしれない、それでいいのかなーと思うのです。


一般に、優秀な人がいる大きな組織はすごい力を発揮すると考えています。その理由のひとつに、いろんなプロが集まっていれば、大抵のこまごました問題は社内のだれかに聞けば解決できちゃうということがあります。100+100 を 200 ではなく 1000 とか 10000 にする、そんな仕組みをつくることで組織は力を発現する。そういう組織のパワーを大きくできるような仕掛け作りに興味があります。「〜制度」とかいうものを作ってる部署が関与するのでしょうか。裁量とコンプライアンスがキーワードとなり、実際には創造的な仕事となりうるものかわかりませんが、そういったファンクションにも興味を持ちつつ、来年度も研究に全力投球でいこうとおもいます。


(それまで会社もってくれ:涙)

やらないなら評論家になればいい

研究テーマの枯渇が叫ばれる昨今、新規なもの(疾患、標的)に手を出すべきか否かという議論が職場では非常に盛んです。テーマの立ち上げ、あるいは新規な展開を考えるときに、議論が盛り上がるのは健全な職場である証拠と思います。ポジティブな意見もネガティブな意見も、どちらもたいせつで、勉強になります。


ですが、ブレインストーミングは進んでも、実行フェイズが見えてこない、リスクをとらない、そんな事例が実は多いんじゃないかなと思ってます。二の足を踏んだり、ウォッチングという結論って勿体無い。
新人らしさ、若手らしさとして忘れたくないなーとおもうこととして、「手元にないなら教えてもらう」「どこにもないなら自分でつくる」「やることにリスクはない、やらないのはリスクじゃなくてロス」というのがあります。研究レベルなら、それも初期なら、やるリスクってなんだろ?と。そう思って取り掛かったことがひとつの成果になりつつあって、その思いは徐々に確かなものになりつつあります。


自分が将来、なんだかんだ言って挑戦できない、そんな研究員になってしまったら、さっさと別のステージに進む。これは個人的な中期目標として忘れないようにしたいと思います。

就職相談に思う

就職活動の季節なので、ときどき相談が寄せられるんです。研究職(生物系)の就職活動で気をつけるべきことはなんですか?みたいなことです。まだ経験が浅いせいか、特別留意すべきことがよくわからず、うまいコメントが思いつきません。


というのも、生物研究を活かす職場への求職であれば、自己分析、職場研究、研究紹介の3つが主な要素。3つのうち、生物研究を活かすって考えてる時点で、たぶん自己分析は完了している。とすれば、後半の2つです。意外とやることは少ないのではないでしょうか。


職場研究。これは外部環境が時々刻々と変化するので、こだわりすぎても意味ないと個人的には思ってます。というのも、どの業界も、研究機能は分社化もしくは外注で、内製しない流れだから。いま研究をお仕事にさせていただいてる自分も、向こう数年(もっというと来年)の職場環境予測すら困難です。そんななか、ひとつ指標となるかもしれないのは研究開発費かと思います。一般には売り上げ高に対して X %とか表現するそうですが、これは大きければよいかどうかは、わかりません。ただ、研究開発費が全然なければ、仕事はしにくい(ないかも)ことは想像できます。あとは研究開発費に占める研究・開発の比。これは情報収集してもでてこないかもしれません。ところによっては有報に載ってるのでしょうか。他に職場研究として調べてみてもいいかなと思うのは「そこは今何で利益を得ているのか、いつまでは売り上げがありそうなのか」。これは探ってみたほうがいいかもしれません。


研究紹介、これは日々の研究室の活動、学会発表(ポスターでも)そのものなんじゃないかなーと考えています。教室を越えて輪講なんかをやっていれば、他分野の人に興味のある研究紹介をする機会もあると思います。研究紹介で自分が気をつけたこと(今も気をつけていること)は、自分自身が何を考え、どんな仮説を立て、何をどこまで明らかに出来たのか、どこがわからず、どうしたいか。何より、この研究のどこが面白いのか。自分の言葉でそれを伝えることができて、知らん人と一緒に面白がれればいいなぁと思っていました。


そのくらいのことしか考えていないから、相談にうまく答えられなくて残念なのです。



最後に、、、仕事はやっぱり、誰とするかが一番大事な気がします。好きなことを嫌なやつとするのと、一見つまらんことを好きなやつとするのと、どっちがいいか、、最後は人なんだよねーって思う、今日この頃です。研究紹介のときの面接官の印象が最悪なら、選考通過してもやめたほうがいいかも、、、というのが一番重要かもしれません。

会社を 3 年でやめるのは悪いことか?

今春には社会人 3 年目。ちょっと前に「3 年でやめる若者」というのが流行ったけど、その年代に突入することになります。当事者となって、やめる人の気持ちがわからなくもないなーと思うようになりました。


2 年目の終わりくらいになると、さすがに会社の中のことがいろいろ見えてきます。自分の数年後の姿にあたる人が、どんな転帰:笑 を辿りそうかが見え始めます。よい上司、よいチームに当たった人と、そうでない人の間に明確な差が現れてくる頃でもあるように思います。病む人もでてくる頃かもしれません。私の周りには、幸いなことにそういう人は出ていないみたいです。


異業種同業種もどちらでもよく聞く話のなかに、会社で一度道を間違えると元の道に戻れなくなるよね、というのがあります。会社には螺旋階段があって、経験を積むにつれて階段を進んでいかなくてはならないんだけど、そこでは、上っていく側と下っていく側の道が明確に、誰の目にも明らかなように分かれている、しかも一度下ると戻れない。そんな話です。


具体的には、将来の糧となる大変な仕事(=多様なスキルが身につく)を任される状況と、将来的に活かせるものが殆ど身につかない、アナログすぎる仕事を押し付けられる状況の違いがあるということです。数ヶ月ならまだしも、数年にも渡ってそれを生業とするわけです。自分の身にならない仕事がこのまま続いたとして、数年後の自分の売りは何か、想像できるでしょうか。あなたの先輩(=それは数年後の自分の姿である)は活きた眼をしてますか、それとも死んだ魚の眼をしていますか。。


ただいま不況の真っ只中。どこの会社もつぶれてもおかしくない状況です。将来身を立てる術をなにか掴まなきゃいけない若い時代に、むなしい仕事に時間を使ってる暇はないのではないでしょうか。そういう状況に置かれてしまったら、、よりよい環境を求めて職を変えることに何の問題があるでしょうか。


「若者は我慢がないねぇー」って愚痴が飲み屋で聞こえてきて、つい、そんなことを考えてしまいました。明日もがんばろー。

山は動くものではなく動かすもの

「大手でもダメだったんだから、ウチでは無理」これ、企業の研究ではよくある話だと思うのです。他社における失敗の要因はいろいろあると思うのですが、時に「まだいけるだろ、ウチでやる余地あるだろ」ってテーマがトップダウン的判断で潰れます。そんなの会社だからしょうがないじゃん、ってのも勿論ありますが、時に、不屈の精神と根性でもって、下からのディシジョンメイキングで復活する、そんな例もあるようです。日陰の活動が報われると。


そういう経験をした人は、(特に社内的な) conflict への対処に非常に優れているように思います。そんな人がリーダーであれば、自分がなんとかしなきゃ、って思いをメンバーが共有できると思うし、筋肉質なチームになっていく気がします。同時に、偉い人のいうことをハイハイそうですねと聞いてるだけの人は研究に向いてないだろうなーとも思います。「山は動くものではなく動かすもの」ということを忘れずに仕事したいなーと考える、週末でした。